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    • 2018.04.14 Saturday
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    2018年3月19日

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      2018年3月19日親友であるギタリスト青木裕がこの世を去りました。
      上手く書けるかわかりませんが、どうしても文章に残したくて書きます。
       
      初めて青木裕を見たのは2000年頃だったと思います。
      当時俺はKULU/KULUというインストバンドをやっていました。
      まだポストロックという言葉もなかった頃で、
      ライブハウスの人や対バンの人に「歌ないの?」みたいに言われ続けていました。
       
      同時期、downyや54-71、MONO、REDЯUM、honeydip等、
      既存のジャンルに属さないバンドがどんどん出てきて。
      各々のバンドと交流ができて行く中、
      downyのメンバーとだけは何故か話せなかったのを覚えています。
      俺も人一倍尖っていたように思うけど、
      downyの人を寄せ付けない雰囲気を敏感に感じ取ってたんだと思います。
       
      打ち上げでも少し離れた一角にdownyのメンバーがいて、
      話しかけづらいなぁといつも思っていました。
      なので当時青木裕とは挨拶程度か、
      挨拶もなかったかもしれないくらい話す機会はありませんでした。
       
      その後downyは活動休止へ。
      俺はKULU/KULU解散後about tess結成へ。
       
      about tess結成後、
      俺はソロ演奏や、即興演奏を頻繁に行うようになりました。
      特にcloudchairことJakeさんとは定期的に演奏させてもらっていて。
       
      2009年7月27日cloudchairワンマンの時にも参加させてもらい、
      そこに同じくゲストとして参加した青木裕と初めてちゃんと言葉を交わしました。
      (この出会いを作ってくれたJakeさんには本当に感謝しています。)
       
      怖そうな人だなぁと思っていたのですが、それは向こうも同じだったみたいです。
      「当時はお互い話せませんでしたね。笑」みたいな感じで。
       
      この日の事、凄く覚えてるのですが、
      サウンドチェックで俺がディレイのホールド機能を使って、
      マシンガンディレイを試してたら、裕が寄って来て、
      「普通そういうのやるとダサくなるんだけどカッコイイ使い方しますねー。」
      みたいな事を言ってくれて。
       
      本番ではJakeさんがバッキングをやってくれて、
      裕と俺が交互にソロを弾き倒すパートがあったのですが、
      その時、何というか、得体の知れない興奮があって、
      それは裕も感じていたみたいです。
       
      裕と俺はその日を境に急激に仲良くなっていきました。
      10年の時間を埋めるように頻繁にメールをし合い、夜な夜な飲んで。
       
      (後から聞いた事なのですが、裕は俺とセッションするにあたって、
      事前に俺のblogを過去のモノも含めて全部読んでくれていたそうです。)
       
      そのセッションの後、裕はabout tessのライブに来てくれて、
      「unkieと2マンしません?」と言ってくれました。
      それが2011年2月に行われたabout tess vs unkie 2マンでした。
       
      この日about tessはリリースしたばかりの「Song of the Bird」を丸々74分演奏して。
      良い演奏が出来たのもあって上機嫌で朝まで一緒に飲んだのを覚えています。
       
      そしてこの日はworld’s end girlfriendの前田さんに裕を紹介出来た日で。
      それが後々ソロアルバムリリースや音源参加に繋がっていったと思うと感慨深いです。
      (もちろん遅かれ早かれ出会っていたと思います。)
       
      この日の打ち上げでずっと作ってるというソロの音源を聴かせてもらいました。
      「完成はいつになるかわからないけど」と言ってたその音源は、
      一度聴いただけでわかる異常な作り込みと緻密さでした。
       
      Jakeさんとのセッションで初めて共演して。
      unkieとの2回の2マンとレコ発への出演。
      King Crimsonのカバーバンドでの共演。
      打ち上げ中のセッション。
      深夜のbarで弾き合ったギター。
      幾度となく楽屋で弾き合ったギター。
      そしてworld's end girlfriendワンマンでの共演。

      お互いのライブを観に行ったり、数え切れないくらい飲みに行ったり。
      リリースに伴う対談もしました。

      全てを書く事は到底無理だけど。
       
      裕はめちゃくちゃに頭の回転が早い人でした。
      いつも激しい愛情と激しい怒りが渦巻いていて、
      毒っ気のあるユーモアで笑わせてくれました。
      繊細過ぎる感性と大きな思いやりを持った人でした。
       
      裕は俺の事をライバルだと言ってくれてましたし、
      俺も裕の事をライバルだと公言してましたが、
      俺は到底敵わないと思っていました。
      それほど裕のギターは凄かった。
       
      裕は世界の隅から隅までを写実してしまう天才で。
      絵や模型ではその才能が爆発的に表現されていました。
      その彼がギターを選んだのは、
      写実しきれない世界をギターに見つけたからなのかも知れません。
      そしてその写実では表しきれないはみ出た部分を、
      俺が弾くギターの魅力として感じてくれていたように思います。
       
      もしかしたら他の人は俺と裕が似てるとは思わないかもしれないけど。
      よく裕とは「俺たちほんと似てるよね」って言い合ってました。
      これは言葉ではなかなか説明出来ないのですが、
      大切なものに対する反応や探究心、そして破壊衝動のような感情。
       
      2017年11月の青木裕ソロライブ直後、重い病気になったと聞きました。
      その時はメールのやり取りしか出来なくて。
       
      2018年1月19日恵比寿リキッドルームでの、
      world's end girlfriendワンマンで一緒にギターを弾く事が決まってました。
      そこに向けてのリハーサル、
      1月8日に久しぶりに会えて一緒に音を出せて本当に嬉しかったです。
      でもその時もはっきり病状を聞くことは出来ませんでした。
       
      ワンマン当日は前田さんと一緒に裕を迎えに行きました。
      待ち合わせ場所に機材と佇む青木裕の姿が脳裏にはっきり残っています。
      車にあった俺の本にいちゃもんをつけるいつもの裕の口振りをはっきり覚えてます。
       
      そのリキッドルームのサウンドチェックが始まる前のステージの上で、
      2人でフロアを向きながら長い時間話しました。
       
      病状とこれからの治療法、裕がこれから病気とどう付き合うか。
      治った後はどんな事をしたいか。
      俺にはこうあって欲しい、俺とこんな事をしたいと。
       
      裕は「タクトは繊細だから自分の事のように落ち込んでるでしょ!
      絶対大丈夫だから安心してなって。俺が死ぬと思う?」
      とニコニコ話してくれました。

       

      world's end girlfriendワンマン本番で裕が参加した曲は2曲。
      その中で俺と裕が交互にソロを弾き倒すパートがありました。
      それが最後の共演になってしまいました。

       

      今気付きましたが、初めての共演と最後の共演で交互にソロを弾き合ったんだなと。
      10年前も今も、俺と裕はそんな関係のギタリストなのかもしれません。
      100人キャパの会場で弾き合った2人が10年後に1000人の会場で弾き合って。

       

      裕の出番が終わって彼がステージ袖にハケる時、裕は俺のお尻をポンと叩いて行きました。
      俺もすぐふり返って手を伸ばして。少し触れる事が出来たのを覚えています。

       

      その夜もライブ終了後一緒に朝まで飲みました。
      本当に元気でした。
      本当に嬉しそうでした。
       
      次のソロライブでは俺にギターを弾いて欲しいと言ってました。
      裕「でも速弾きしちゃダメだよ!俺が主役なんだから笑」
      俺「二度と呼ばれなくていいからいきなり速弾きしまくるわ笑」
      とか言ってお互いゲラゲラ笑ってました。
       
      この人は本当に重い病気なんだろうかと思いました。
      決して楽観的になれない事はわかっていたけど、治ると思いました。
       
      3月19日裕が亡くなった日の翌日、
      3月20日に病院にお見舞いに行く予定でした。
      でも行けなくなった。
       
      裕が亡くなった日、連絡をもらった時は頭が全く働かなくて、
      何一つ言葉に出来ませんでした。
       
      もちろん悲しいし。悔しいし。色々考えてしまうし。
      もっともっと一緒にいろんな事がしたかった。
       
      3月30日の告別式では別れを告げるつもりで行ったんだけど。
      手を合わせて「また会おうな」としか言えなかった。
       
      亡くなった日からずっと。
      存在感が強すぎて、居なくなったように思えないでいます。
       
      俺は青木裕という男と出会って、親友になれた事を誇りに思います。
      そして今までのいろんな事を反芻して、
      これから先、裕と何が出来たかを考えています。
       
      もっともっと時間が経って。
      自分の中にもしかしたら区切りの様なものが出来るのかもしれないけど。
      今は出会ってくれてありがとうとしか言えません。
      本当に感謝してます。

       

      (2010年高円寺にて。)

       

      (2018年恵比寿にて。)

       

      探したら最初に2人で撮った写真が出てきました。

      最後に青弦さんが撮ってくれた写真と一緒に上げておきます。

      どっちも俺めっちゃ笑ってる。

       

       

       

       


      Music is the heart of the treasure.

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        初めて「音楽を録音する技術」を開発した人はどんな気持ちでそれを作ろうと思ったのでしょう。
        「残したい」という気持ちがあったのか、はたまた偶然そういった技術が何かの副産物的に生まれてきたのか。
        とにもかくにもオープンリールなのかレコードなのかはわからないけど、
        音楽を残す方法が「譜面」から「録音物」に移行していった時、
        世の中の反応はどんな感じだったんだろう。

        その録音物を複製した時に「これは儲かる」って思った人がいたのでしょうか。
        それが長い時間をかけてカセットテープやMDやCDになっていく過程で、
        同時に「複製技術」も一般の人にとって、手に入るものになってきて。
        音楽を聴く事において本物か複製かは、ほぼ意味がなくなってきました。
        (意味を見出す人にとってはあるのでしょうが、ほぼ宗教的だとすら感じます。)
        販売されてるCDの事を「マスター」と呼ぶと聞いたときなるほどなぁと思ったし、
        アーティストの活動へ対する応援の気持ちとして買うという話もしっくりきません。
        (個人がそう思って買う事は良いと思います。一般的な購入意欲にするのは無理があるという話です。)
        (新たな販売方法を模索するアーティストの作品を買う事はなんとなく応援に繋がる気はします。)

        一つのメディアに収められるデータも膨大になって、
        さらにメディアを持たなくとも瞬時に大容量のデータをやり取り出来る時代ももうすぐそこまできてます。

        前置きが長くなりましたがApple Musicを始めてみました。
        今まで気になっていたけど聴いてなかったアーティストを片っ端から聴いてみたのですが、
        丸ごと正規の音源が聴ける事、聴けてしまう事に軽い衝撃がありました。
        (ここで自分がやっぱり「本物か複製か」に意味を持たせていた(感じていた)事に気付く。)

        3ヶ月間は無料、その後は月¥990というステップがあるのですが、
        なんというか、昨日までは1枚1枚お金を払っていたものが、
        日付が変わったらアルバム丸ごと好きなだけ聴けてしまう感じがスリリングというか、
        言葉を選ぶのが難しいのですが、「違法感」みたいなモノを感じて面白かったです。
        この感覚自体が薄れて当たり前になった時に新しい聴き方に慣れた証拠になるのでしょう。
        (違法感って書くと悪い事みたいですが、なんというか、「聴けちゃうんだ!」みたいな。)

        ちょっと暴言めいた感じで書くと、技術の進化は「価値のないモノ」を暴きだすというか、
        (音楽そのものに価値がないと言ってる訳ではありません。複製した「モノ」に価値がないのかなぁと。)
        (もちろん個々に「思い出」等の価値があるのは理解した上です。ニュアンスが難しい。)
        膨大なストーリーを良くも悪くも奪い去る力を持ってるように思います。
        どんどん技術が進化していくと、行き着く先は原始時代みたいなのかもしれません。

        気分転換。

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          最近、近しい人が色々あって相談に乗ったりした中で、

          自分は、以前より「物事そのもの」への介入を避けてる感覚を自覚しました。

          人の「何か」に対する反応、判断というのは、

          根本を言うとその人が「世界をどう感じているか」、

          というところに辿り着くと思うのですが。

          「世界をどう感じているか」

          これはそれそのものを具体的、比喩で言語化出来なくても、

          その人の様々な反応、判断に見て取れるものです。

          「世界」というのは認知可能な範囲を遥かに超えた、

          歴史と人の営み、そしてさらに大きな自然の営みで超立体的に成り立っています。

          知り、学び、想像し、そして「知らずを知る」。

          その中から選び取った、そして自覚、無自覚に関わらず、

          まるで機能のように身体に入った視点。

          それがその人の「世界をどう感じているか」だと思います。

          俺の周りにはその「視点」がずば抜けた人が多くて、

          刺激を受けまくるのですが、

          俺自身にも独自の視点がある事を自覚、認識はしていて、

          それが上手くハマる時と、てんで駄目な時の差が非常に激しくもどかしいです。

          具体的に言語化、イメージ化出来るもの以上に強大なのが、

          無知覚部分だと思うのですが、

          その目の前にあるような、無限の彼方にあるような無知覚部分にコネクトしていくのが、

          音であったり本来の意味での音楽のような気がします。

          (コネクト出来る可能性があるような気がするというか。)

          その人の思考、判断の手がかりになる俯瞰視点の範囲、距離が大きければ大きい程、

          強大な音楽を構築出来るような気がするのですが、

          中世の頃の偉大な作曲家達は無駄なジャッジをしなくてもすむくらい、

          認知領域に対する(邪魔する)情報が少なかったような気がします。

          が、故に無知覚部分にコネクト出来る術も今よりは得やすかったのかと想像出来ます。

          簡単に言うと今の時代は無駄な情報だらけって事です。

          何かが起った時に、それが良い事なのか悪い事なのか。

          ほんとうに難しい。

          一方にとっての幸せが他方にとっての不幸になる事もよくあることなので。

          最近、当事者だけで完結しているようにしか感じれない自覚があります。

          したがって、冒頭に書いた「介入を避けてる」のは、

          同時に「介入出来ない」と思ってるのだと思います。

          拡大解釈するならそこには、なくならない戦争の根源的な要因があるような気がします。

          (最終的に暴力でしか解決出来ないという決断が余りにも野蛮かつ、介入による不可逆性を証明しているような。)

          何故こんな事を書いたかというと気分転換です。

          話がバラバラな方向にいきつついきなり話変えますが、

          先日LUNA SEAのライブに行ってきました!

          案内してもらった座席がステージサイドというのもあって、

          メンバーの演奏を見ながらお客さん全体も見渡せるという楽しい席で。

          満員の国立代々木第一体育館が音と一体になって爆発するエネルギーは、

          凄まじいものがありました。

          やはり俺はギタリストなので、

          SUGIZOさん、INORANさんの音を中心に聴いていたのですが、

          巻いた弦の鳴りがホールに響くような生々しいところから、

          エッジを内包しながら極限まで圧縮された壁のような音まで。

          素晴らしいサウンドでした。

          もちろんバンド全体の出す音も素晴らしく、

          そのバンドの強靭な音を従えて唄うRYUICHIさんの歌が本当に強くて。

          最後の最後まで感動しっぱなしでした。

          25周年記念というメモリアルライブに参加出来て光栄だったし、

          俺ももっともっとチャレンジしていこうと胸に刻んだ日でした。

          5月は良いライブがいっぱい観れて嬉しかったです。

          中でもフラワーカンパニーズとLUNA SEAは飛び抜けて凄かった。

          明日は久しぶりにabout tessのライブです。

          是非是非。


          明日は立川。

          0

            blog全然書いてなかった。

            生きてます!


            ライブが近づいてます。

            1ヶ月間に3本あるので。


            3/20 立川BABEL 19:30より

            4/5 新宿Motion 21:00より

            4/18 新代田FEVER 20:00より


            詳細はオフィシャルで。


            ご予約は→abouttess@gmail.comまで、

            日付、お名前、人数ご明記の上。



            最近立て続けにドキュメンタリー映画観ました。


            "カシム・ザ・ドリーム"

            "ビン・ラディンを探せ!"

            "ザカリーに捧ぐ"

            "ジーザス・キャンプ"


            それぞれ全然違う内容だけど、

            「善悪」というものをあらためて考えました。


            今回観た映画に表れる「善悪」と「喜怒哀楽」は、

            いずれも法整備が成された後の世界におけるものなので、

            近代以前の世界での善悪や、

            人の営みは一体どんなものだったんだろうと思いを巡らせました。


            決して現在の法律や制度が良いとか完成されてるという意味ではなく。

            矛盾や穴だらけなので。無難の集合体というか。

            最終的に暴力でしか解決出来ない事を露呈していますし。

            抑止力としての罰が絶対的でないからこそ罪に終わりが無い訳ですし。


            いやいや、

            そうそう。


            やはり俺は音楽というのはその世界を鳴らすものだと思っているので、

            その時代その時代での音楽の主流というのは世界を人を映し出してると思うのです。

            テクノロジー、サンプリング、コピーペースト、加工が幅を利かせる今の音楽を考えると、

            やはり人々の営みや感情もコピペで。みたいな。


            クラシック音楽が生まれた頃とかは相当有機的な人々の営みが行われていたように想像します。

            いやもう、これは良いとか悪いとかの話ではないのですが。


            映画の話に戻りますが。


            どの映画も人間の大きな欲の一つである、

            「所有」という事が根底にあると思いました。


            おっと、ライブが無い期間が続くと、

            ついつい色々考えてしまう!


            明日は立川BABELでお会いしましょう。

            about tessは19:30から!


            「あれ」。

            0
              about tessのライブが近づいてきました。
              2/18の名古屋、2/19の大阪、2/22の東京と。
              詳細はオフィシャルに。

              先週から、

              衝撃的な映画観たり、
              衝撃的な人に出会ったり、
              衝撃的な本読んだり、

              っていう感じで衝撃が続いてるので、
              ちょっと縁側で昆布茶でも飲もうかと思ってます。

              縁側と言えば、
              あと3ヶ月で引っ越しを考えてます。
              豪邸に住みます。

              豪邸と言えば、
              昔、芦屋雁之助さんの弟、芦屋小雁さんの家に遊びに行った事があって、
              家の中に映画館があって驚きました。

              驚いたと言えば、
              最近は驚いてばかりなので、
              ちょっと縁側で昆布茶でも飲もうかと思ってます。

              この、文章が最初に戻ってくる感じは昔から好きで、
              おそらく幼少の頃に見たイヨネスコの、
              「授業」という戯曲に影響を受けてるんだと思います。
              そんな大袈裟なもんでもないか。

              でも子供の頃に観た、あの、
              混乱の絶頂の果てが最初の何事もなかった所に戻るというのが、
              凄く凄く好きで、今でも寝たら解決してんじゃねーか?
              みたいな気持ちによくなります。
              そういったところが自分の根本的な楽観性を生み出してるのかも知れません。
              すみません。ちゃんとします。

              はい。

              ライブ、是非。
              「あれ」が観たい方。
              「あれ」を感じたい方。
              俺のギターを聴けばいいかと。

              OLDE WORLDE

              0

                先日久しぶりにOLDE WORLDEこと沼田君のライブを観ました。

                なんだか良かった。


                スタッフの森田さんとも久しぶりに会えて嬉しかったです。

                そうそうライブ直前に楽屋にお邪魔させてもらって楽しくお話ししました。

                沼田君、俺の事覚えてくれてました。

                about tessやってる事も。


                それというのも。


                沼田君個人を知ってる人はわかると思うのですが、

                彼、ちょっと天才的というか。

                俺、何度会っても「初めまして!」って言われて最初の頃はびっくりしてました。


                それでも対バンしたり、イベントやってもらったりで、

                何度も何度も会ううちに「タクト」って名前は覚えてくれたみたいで。


                でも昨年の夏会った時に、

                「タクトさんインストバンドやってますよねー」って。

                俺は内心(今頃!笑最近対バンもしたじゃん笑)だったのですが。


                「この前残響祭出てましたよねー」って。

                よく話を聞いてみると。

                「それte'だよー」ってなりまして。


                「あ、about tessか!知ってますよー!」って。

                「曲名が日本語で凄く長いんですよね!」って。

                「それもte'だよー」ってなりまして。


                そんなこんなで久しぶりに会って。


                「俺何てバンドやってるか覚えてる?」って聞いたら。

                「そんな簡単な質問に答える事出来ませんよ!」だって笑


                5分くらいたってから。

                「あ!about tessですよ!もちろん知ってますよ!やだなー!」って。


                彼の事最高に好きです。


                リフ8個/映画8本。

                0

                  この3日間、

                  「良いリフが出来たら映画1本観ていいルール」

                  に則って8本映画観ました。


                  子供の頃のあの感覚、

                  「なんで映画って観てたら中に入っちゃうんだろう」

                  を思い出しました。


                  "戦争が終わり、世界の終わりが始まった"を映画化した、

                  "バルジョーでいこう!"って映画が観たいのですが、どこを探しても見つかりません。

                  誰か何とかして下さい。

                  原作はフィリップ・K・ディックです。"ブレードランナー"の人です。

                  どうしても観れなければ最終的には配給権買い取る。


                  そうそう、"マン・オン・ワイヤー"と"ナッシュビル"のDVD買ったので早く観たい。


                  ある種の映画はどこか遠く離れた誰かの人生や文化と、

                  束の間の共有に巻き込んでくれる。

                  物語の為に人物がいるのではなく、「人物がいる」映画が好きです。

                  でも。

                  人物描写と簡単に言っても、物語の為に無駄死にする登場人物は、

                  現実の中で見えない戦争に巻き込まれて去っていく幾千もの人々と同じ悲しさがある。


                  だからずっしり重い作品も観るし、重いのは火薬の量だけみたいな映画も見る。

                  具体的な政治情勢と絡んだ射幸心を煽るような映画は見ない。



                  あ、

                  映画の事ばかりだけどギターもちゃんと弾いてます!



                  さぁさぁ来週はabout tessのライブですよ。

                  名古屋、大阪、東京と。


                  仮想する贅沢。

                  0

                    温かくした部屋で冷たいお茶を飲んでいると、

                    なんて贅沢なんだろうと思いますが、

                    大好きな小説家、星新一の短編でそういった話がありました。

                    確か北国に作った温室の中のクーラーが効いた部屋で温かい飲み物を飲む、

                    そんな設定だったと思うのですが。


                    特に意味もなく書いてます。


                    映画が好きでよくDVDをまとめて借りて来るのですが、

                    たまに観た事を忘れてて借りてしまう事あります。

                    あ、持ってる本をまた買う事もあるし、

                    コンディショナー流さないでお風呂から出て来る事もあるし。


                    なんか不安になってきた。


                    そう、凄く昔、Wendy O .Williamsという人のカバーをバンドでやってた事があるのですが、

                    懐かしくなってyoutubeでいろいろ動画を観てました。

                    ハードコアとヘヴィメタルを合体させたみたいな音楽で、

                    ステージで車を爆破させたりチェーンソーでギター切ったりで、

                    凄いなーと思って見てたんですけど。

                    どんどん懐かしくなっていろいろ調べてたら10年以上前に自殺してた事を知ってショックでした。

                    死んだ理由はわからないけど。

                    ロック、ロックンロールを信条とする人の原理主義的なところが時々怖くなります。

                    自分で選んでるつもりが極端な選択肢しか残らないルールがあるような気がして。


                    曲作りに戻りますー。


                    映画館での妄想。

                    0
                      takto

                      えりりが描いてくれた俺。



                      「恋の罪」という映画を観ました。

                      久しぶりの映画館がわくわくしました。


                      感想はさておき、(感想書くの好きじゃなくて)

                      怖いなぁとか、胸が締め付けられるようなシーンで、(俺的には)

                      他の観客が(結構な数)ケラケラ笑ってたのが一番怖かったです。

                      正直映画の内容より、そんな感性の人達に囲まれてる方が怖かった。


                      いや、たまたまそんな人達が偶然集まっただけと思いたいんだけど。

                      その反応が世間的に普通なら、世の中ってもう相当終わりに近づいてるっていうか、

                      もう取り返しがつかない感じなんじゃないかと思いました。

                      俺が考え過ぎかなー。

                      俺にはあそこで笑える人達ってウワベだけの世界に生きてるとしか思えない。

                      うーん。うーん。


                      ちなみにはしゃいで買ったポップコーンは映画の内容的に手をつけれませんでした。


                      「愛の罪」じゃないよなぁ。

                      「恋の罪」だなぁって思いました。



                      最近は紅茶よりも珈琲を飲むんだよ。

                      っていうのはミスチルの歌詞ですが。

                      ずっと珈琲と煙草とギター。


                      今年はとにかく具体的な細かい目標をたてて演奏面に関しても機材面に関しても、

                      基礎を基本を見直し構築してきました。

                      10月中旬くらいからは自分でも手応えがあるくらいになってきて。

                      年内残りの7本のライブを体感される方は楽しみにしていて下さいね。


                      12/14は久しぶりの名古屋クラブロックンロール。

                      12/15はこれまた久しぶりの大阪クラブヴィジョン。


                      年末はね。

                      12/27,28,29,30,31Motionで。

                      (30MARZと往来)


                      全ての詳細はオフィシャルでチェックして下さい。

                      ご予約はabouttess@gmail.comまでお気軽に。



                      来年の予定もガンガン調整中ですから。

                      お楽しみに。


                      深夜の続きの朝。

                      0

                        車検中につき。

                        急にドライブに行く訳にもいかず、

                        更にギターに集中するここ最近です。


                        ここ数回のライブを踏まえて、

                        次回のライブに向けて微調整。

                        終わりはないんだろーなー。

                        おもしろい。


                        昼は対談や取材や会議が続き。

                        夜はライブを観て、

                        夜中まで話す。


                        うーん。


                        今年もあとわずかですね。



                        目指すところもあるでしょう。

                        守りたいものもあるかも知れない。

                        こなさなければならない事や、

                        打破しなければならない事。



                        俺もそうかも知れないから軽々しくは言えないけれど。

                        生きてる中で生まれる出会いと別れ。


                        少し振り返ったり。

                        ちょっと他の事を考えたり。


                        温かくしてゆっくりして下さい。


                        英雄も眠る悪党も眠る赤子のように。


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